コミュニティにとって望ましくない商標登録出願に対する特許庁への情報提供の方法について

私が商標関連でかなりの個人資金を使ってまで悪戦苦闘していたのは、もう10年前のことだ。その当時の私の経験や世界的にいろいろ発生した商標関連の事件のおかげで、オープンソースコミュニティには対処スキルが蓄積されたと思っていたが、平穏な時代が長すぎたということだろうか。

オープンソースソフトウェアにとって、商標はある意味では特許並に強い権利を持つ仕組みである。ある程度の規模のプロジェクトであれば、商標の権利侵害に関して多少は注意を払うべきだと考える。とは言っても、商標取得に対しては数十万単位、手間取れば百万を超える金が飛んでいくので、取得することでのメリットが大きくなければあまりお薦めはしない。しかしながら、コミュニティにとって望ましくない商標登録出願というのは、まあ10年あれば数件ぐらいは起きるもので、それに対して何らかの措置を講じる必要が出てくるだろう。

既に登録済みの商標に関しては、異義申立てだとか無効審判だとか少々面倒なフローが待っているので、所属組織の法務なりお近くの弁理士に相談なりでもしたほうがいいとは思うが、まだ商標登録出願中の申請に対しては、情報提供というお手軽な仕組みが存在する。商標登録の出願から実際の登録までは、半年から一年程度の時間がかかるのだが、この仕組みは、その審査期間の間に「その商標登録出願を拒絶すべき理由を示した情報を特許庁に提供」することができるのである。適切に情報がまとめられていれば、その情報が審査官の審査の参考になるので、何も手を打たないよりはかなりマシだろう。しかも、この手続きは無料で誰もが行え、匿名も可能なので、望ましくない商標出願に対しては積極的に行うべきだと思う。

商標出願に対する情報提供に関する詳細な説明は、商標審査便覧の89.01のPDFを参照するとよいだろう。そのPDFには、提出方法が書かれていないが、情報提供の提出方法については、特許等と同一の方法なので特許側のページの情報提供制度についてから辿れる「情報提供を行う際の手続」のページに書いてある通りで、特許庁長官宛に郵送するだけである。

提出する書類であるが、89.01のPDFで示されている刊行物等提出書とタイトルを付けた文書と、情報提供のキモとなる文献、書籍等のコピーだけである。ようは、商標登録出願よりも以前に発行された書籍において、該当する商標が既に使用されている証拠を示せばよいわけである。日付等が明確であれば、Web上での記事等のコピーでも構わない。ソフトウェアプロジェクトであれば、そのプロジェクトまたはソフトウェアが開発された経緯や普及度を示すような記述がある書籍、雑誌、Web上の記事と、本家のWebおよび公式的な扱いであれば日本語サイトのハードコピー等をまとめておけばよい。

刊行物等提出書の様式は、89.01のPDFに書かれている通りである。前半は簡単なので説明は省くとして、「提出する刊行物等」には、用意した文献のコピーを個条書きで簡単な説明を記述すればよい。「提出の理由」については、提供した文献コピーによって商標法の第4条のどの号に該当し、拒絶すべきであることを示せばよい。ほとんどのケースでは、第10号、15号、16号あたりが該当することになるだろう。

下記にオープンソースプロジェクトを念頭においた理由欄のサンプルを示す。素人が作成したものなので、ちょっと怪しいかなと思えば、作成した後に弁理士にチェックしてもらえばよいだろう。

審査官も無能ではないので情報提供で送るような情報は既に参照していることも多いわけだが、人間が行う審査に完全があるわけがないので、自分が関わっているようなプロジェクトの商標が占拠されていないかは、時折で構わないのでチェックし、早めに対応できるようにしておいて損はないだろう。

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提出の理由

商標法第4条第1項第10号、第15号により商標登録を受けることが出来ない。

上記商標登録出願に係る商標は”XXXXXXXX”であり、称呼は”XXXXXXX”であります。
他方、上記刊行物に係る商標は”XXXXXXXX”であります。両者の差異はなく、
互いに類似した(同一の)商標であります。

また、上記商標登録出願の役務は、第42類コンピュータソフトウェアの設計、作成、提供
にあります。他方、上記刊行物で係る商標で示されるソフトウェアを開発する団体で
あるXXXXXXXXXは、XXXXXXXXXの設計、作成、提供を行います。
したがって、XXXXXXXXXの役務中に、上記商標登録出願に係る役務と完全に同一の
役務を含みます。よって、両役務は同一と考えられます。

上記刊行物に示すように、XXXXXXXXXを発明、開発したXXXXXXXXX氏あるいは現在その管理を
行っているXXXXXXXXXプロジェクトが商標を保持すべきであります。したがって、それ以外の第三者が
XXXXXXXXXに同一又は類似の商標を同一又は類似の役務について商標権を取得すると出所の
混同をきたすのは明らかであります。また、XXXXXXXXXは、刊行物Xで示すように、世界的に利用
されている著名な商標であり、上記出願の役務に係る需用者層で有れば何人も知りうる商標であります。
よって、XXXXXXXXXに同一商標を非類似商品に使用しても出所の混同をきたすものであります。
よって、商標法第4条第1項第10号、第15号により商標登録出願を拒絶すべきと考えます。
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